5月2010

「デッドライン」再考

 日本とアメリカを往き来するうちに認識をあらたにしたのは、「デッドライン」すなわち「締め切り日」の厳密さである。日本でも「絶対」に締め切りを守らなければならないケースはもちろんあるが、「事情」あるいは「個人」によって、締め切りは必ずしも守られない。

 例えば大学のリポート。締め切りはあるものの、学生に「すみません、書いてきたんですけど家に置いてきて」と言われると、つい「明日でいいよ」などと答えてしまいがちだった。ところがこの2年あまりアメリカの大学院を見て、とてもそんなことは言えなくなってしまった。

 アメリカの場合、デッドラインは厳密である。何度も確認して日付が通知されるから、その日に持参するかメールに添付しなければ、「やっていない」あるいは「集中力欠如」と評価される。事情だの、何だのというグレーゾーンや情状酌量はない。

 日本では、このスタイルは融通がきかない、とされる。昨日、リポートを忘れてきた学生に「明日ではダメ」と答えたら、どうもとんでもなく「ものわかりの悪い」、頭のカタイ教師と思われたようだ。だが、日本方式をアメリカで通そうとしたら、信用はなくなるだろう。特に自分で締め切り日を決めておきながら守らず、できない理由を明確にしなければ、失格になる。普天間飛行場問題での鳩山首相は、このままだと、単に移転先が決められないだけでなく、国際社会のルールを守れないという負の評価を下される。

 それにしても、飛行機や電車の時間は極めて厳密なわが国で、政治や学生のリポートの約束日が守れないのはどうしてか? 答えは簡単。国民や教師が「まあいいでしょう」と、物わかりよく許してきたからである。ささいな積み重ねが、国際社会のコミュニケーション不全の引き金にもなる危険性を痛感している。

仕事という修行

 5月の連休中、久しぶりに数人の若者と会う機会があった。おい夫婦と元ゼミ生、そして3年前まで私の仕事を手伝っていた元スタッフである。

 10年前、ちょうど働きはじめたばかりのおいは無口で頼りなく、これで大丈夫かなと内心心配していたが、いつの間にかしっかりとし、無愛想であいさつの苦手だっためいも、すっかり明るい社会人になっていた。元ゼミ生もきちんと大人になり、「春になると体調が悪くなるから仕事を休みまーす」としょっちゅう休んでいた元スタッフは、私がアメリカに行くようになってから別の企業に就職し、今度は休まずに仕事をしている。おのおの大人になり、生き生きとしている姿をみて、社会、そして仕事を通して、若者たちは成長したんだな、と実感した。

 学生はもちろん、身内相手やアルバイトでの仕事も、ついつい甘えが出てしまう。ちょっと調子が悪い、と休んだりサボっても、文句を言われることはあるが、大抵は大目に見てもらえる。仕事を放り出しても学生だから仕方ないか、と許される。

 責任を持って働くのは一種の修行だ。体調がいいときも悪いときもある。好調なときにいい仕事をして一発勝負、というわけにはいかない。不調の日にどう自分と向き合うか、という修行の場が仕事である。元スタッフに「もう、春だからって理由で休まない?」と聞いてみた。「休もうかなと思う時もあるけれど、でも行ってます」と、笑って返事をされた。

 無理はしない、でも甘えはしない、という自分とのつきあい方、まわりや社会とのかかわりは仕事で磨かれる。私自身も、仕事を通してどんなに成長させておらっただろうと思う。それは仕事自体より、自分や周囲とのつきあい方、生きる姿勢の修行だった。今、若者の就職率が低くなっている。若者から生活の場、修行の場を奪わない政治を強く願っている。

ツイッター亡国論

 米国滞在から日本に帰ってちょっと驚いたのは、ツイッターに対する過剰反応と否定的見解の多さである。週刊誌の見出しには「亡国論」とまであり、びっくり。研究室の仲間にその話をしたら「なぜ?}と不思議がられた。

 というのは、この2月末にハーバード大学の研究室で「禁煙情報」をツイートするアカウントを立ち上げ、健康に関するコミュニケーションの一環として、この新しい通信手段を使っているからである。「ツイッターを立ち上げたから、フォローしてよ」というメールがスタッフから送られてきたばかりだ。つまり、私たちにとって、ツイッターは健康に関する正しい情報を流せる手段という認識である。

 ご存じない方のため簡単に説明すると、ツイッターとは、140字以内にまとめた情報をインターネットに流して、それに興味のある人は、情報源をフォローできるというもの。つまり短い情報を最新の状態で得ることができる手段である。

 まちがってはいけないのは。「手段」や「技術」自体が「亡国」するのではない、ということだ。たとえば車は有効な交通手段だが、人間が下手に使えば凶器にもなり、大気を汚染し、運動不足をひきおこす。車は亡国しないが、使う人間の資質が亡国のもとになる。とするとツイッター亡国論を唱える人は、日本人には、ツイッターを使いこなせないほど愚かな人が多い、と唱えていることになる。

 インターネットは有効だが、使う人によっては依存的にも犯罪源ともなる。ツイッターも同じだろう。上手に利点を利用し、どのように使えば人々の幸せに貢献するのかしっかり研究していくことが必要だろう。ということで、最近ソーシャルネットワークと健康についての研究チームをスタートさせた。やたらに拒否反応を示さず、新しい通信手段の平和利用を目指したいものだ。

思考回路の違いから

 小学生から英語義務教育がはじまるという。コミュニケーション能力を高めるため、とのお題目だが、語学力=コミュニケーション能力ととらえるならば大間違いである。

もちろん、言葉と語学力が大切で不可欠であることはたしか。しかし、外国人とのコミュニケーションには思考回路の違いを認識しなければならず、それ抜きだと大失敗する。ちょっと食事をしたり、旅行先で表面的なおつきあいをする分には支障もないが、ビジネスや政治では大変なことになる。

 鳩山首相とオバマ大統領の一連の基地問題にかかわる会談でも明らかだ。国立大を出て留学経験のある鳩山首相だが、日本でしか通用しないスタイルを使ってしまったのだと思う。アメリカではイエス・ノーをはっきりさせるのが大切、とは誰もが知っている。しかし、なぜそれが大切かを認識している人は少ない。

 アメリカでは、政策でも方針でも、まずフレームワークを確定させるのが最重要だ。ノーというフレームを作り、それに沿って内容を決めていく。「トラスト・ミー」と首相がリップサービスしてしまった一言は、イエスと見なされる。内容の詳細は変更可能だが、枠組みを崩すと全く信用されない。

 第二の失敗は、これまた日本なら通用するスタイルで、「何となくやっているふりをしていればわかってくれる」というもの。いくら努力の姿勢をみせても、結果を出さなきゃ通らないのがアメリカ社会。夜遅くまでの仕事を「偉いね」とは言ってくれない。結果を出さないと能力不足という評価だ。

 第三は期日。いわゆる締め切り日である。アメリカ社会は締め切り日を大切にする。時間がきたら病院も閉まってしまう話は前にも触れた。締め切りを守れなかった人に、「まあ仕方ないね」とは言ってくれない。語学力だけでは足りない能力があることを知ってほしい。

People, politics in my way at lab

Dear Troubleshooter:

I’m a postgraduate student in my 30s and I’m concerned about the interpersonal environment at the university laboratory where I work. I am one of two women there. There also is the professor─a man─ several male university employees and other postgraduates, most of whom are foreigners.

I suspect the professor and the other woman there have a sexual relationship. I assume that is why the professor lets her get her way and gets rid of anything she doesn’t like.

She is a competitive, hard-working woman. But she does not like it when somebody else does a better job than she does and tries to get rid of anybody who does. A number of people have actually quit the lab over this.

Now she is targeting me. I’ve been trying to ignore these interpersonal relationships and just focus on my studies, but to no avail. I am uncomfortable every day.

I need to remain at the lab for at least another two years. But I am already exhausted.
D, Tokyo

Dear Ms. D:
I can understand your feelings; university labs are close quarters and you rarely come into contact with the outside world. Having worked at a number of university labs myself, however, I can tell you there is no such thing as a perfectly comfortable laboratory. So, the issue is how we can make it a more comfortable environment in which to work.

First, you need to change how you think about that woman. You regard her as a hard worker, but you also presume she is having an affair with your professor and gets rid of people who stand in her way. If you keep thinking of her as obnoxious and someone to be avoided try will take notice. Why don’t you instead try saying hello and try talking to her. Maybe then she will change.

Second, it is important to make friends at the laboratory. I also recommend you talk more with the foreign students, too.

At laboratories, you are always bound to run into people you can’t deal with. If you learn to associate with them, you will be able to have a good relationship with anybody in the future.

You should do what you can to make your lab a better work environment, and think of it as a lesson for the future.

Junko Umihara, psychiatrist (from May 5 issue)
Translated from Yomiuri Shimbun Jinsei Annai column
2010.5.5 wed

空気の読み過ぎ

 ボストンは東京にくらべるとショッピングセンターも少ないし、いわゆる遊び場が限られている。ちょっとした息抜きといえば映画館くらいだが、さほど時間にゆとりのない私の楽しみは、カフェを併設した大型書店で、立ち読みならぬ座り読みをすることだ。

 買って読むほどじゃないが、でも読みたい本を、コーヒーを飲みつつ読む。その合間に原稿を書いたりするのは、なんとも楽しい日曜の昼下がりである。そんな一冊、「失敗談」をまとめた本にこんなエピソードがあった。

 スーパーマーケットで大きなカートに山のように食料品をのせて歩く女性がいた。そこで自分は、「あら、こんにちは。これからすてきなパーティーをなさるんですね」と陽気に声をかけた。すると女性はニコリともせずに、「昨日夫が亡くなって今日は葬式で人が集まるんです」

 笑うに笑えないこの失敗。こんなこと日本人は絶対に言わないだろうな、と思いつつ読んだが、いかがですか。

 日本人は空気を読む。いくらカートに山ほど食料品を入れて運んでいたとしても、その人がニコリともしていなくて暗い気配を感じたら、声などかけないだろう。つらそうな顔をみたらそっとしておく人がほとんだだろう。こうした空気を読む習慣は相手への配慮にもなるが、逆に過剰に空気を読んでばかりいると疲れ切ってしまう。

 組織に勤めていて疲れ切るのは、多くはこうした「空気の読み過ぎ」によるものだ。空気を読み過ぎ、周囲に気をつかいすぎ、自分の言いたいこと、やりたいことをおさえこんでいるうちに調子を崩してしまったりする。ほどほどにしたいものだが、伝統的に読み過ぎの習慣がついてしまっているから修正がむずかしい。そんな時は、意識的に「空気を読みすぎない」時間を作ってはいかが。ふだん「読み過ぎ」の方は、そのくらいでほどほどになるはずですよ。