6月2010

鹿児島で講演会

新潟で講演会

「聴く力」が低下している

 大学の講義が終わった後、駅でコーヒーを買い新幹線の車内で飲みながら帰るのが気に入っている。ところが最近こんなことがあってびっくりした。
あるコーヒー店での会話。
 「○○をテイクアウトで手さげにお願いします」
 店員さんはにこやかにうなずき料金を告げてこう応える。
「店内でお召し上がりですか」

 私は再度、「テイクアウトで手さげに入れてください」と答えた。彼女は再びうなずき、「店内用マグカップでご用意してよろしいですか?」
 さすがにまずいと思い、「これで3回目なんだけど、テイクアウトでお願いしたいんです」と言いながら、「あー、聞いてないんだなあ」と思った。

 実はこれと同様のことがこのところ頻発し、「聴く力」の低下をひしひしと感じている。自分が発言することと手順に意識が集中し、相手の言葉を聴く姿勢ができていないから何度言ってもコミュニケーションの壁が出来て、それにさえぎられてしまうのだ。これは危険。もしかして講義の重要なところも聞き逃されているんじゃないかしら、とチェックしてみることにした。

 大学では、医大生ではない学生が健康に関する知識を獲得することで医師と一般の方の間の知識の壁を低くするヘルスコミュニケーションを教えている。その日の講義内容は「熱中症」、特に命を落とす人もいる「熱射病」について。すみやかに体温を下げる処置をしつつ救急車で病院へ運ぶというポイントについて3 回くり返し説明した後、抜き打ちテストを行った。重要ポイントについて正確に答えられた人は70人中数名。「聴く力がない!」と学生にカミナリを落としたら教室中が凍りついた。後でゼミ生が「そんなに怒る先生っていません」。そうか、また人気下降か、と思いつつ、若者の聴く力を回復する対策を練っている。

広島で講演会

競争が苦手でも

 昔は運動会というと秋と決まっていたが、このごろは今の季節にも行われるらしい。近くの小学校の運動会がベランダから見えて、子供のころいわゆる「かけっこ」が苦手だったなあ、と思い出した。

 今の運動場は、きちんとレーンがひかれているが、私の子供時代はそうではなく、スタートすると内側の一番いいレーンを、周囲をおしわけて確保し、その場をキープしながら走りぬく子供が一等になれるのだった。私はというと、スタートで人をおしのけるのが苦手。みんなを先に行かせてから最後に内側を走るから、当然ビリだ。

 親からは情けない子と言われるし、教師からは「気弱で競争社会で生き抜いていけない」「一人っ子だから競争できない子」と評価された。今でも多分、あのスタイルの「かけっこ」をしたら私はビリだろう。でも、今までなんとかこの「競争社会」で生き抜けたのは、私が「人と競争する場」をもってきたという2点による。

 医師が病気をもつ人とかかわるのに競争はないし、研究やものを書くことは自分自身との闘いであり、修行だ。社会的にいいポストを得たり有名になるという「競争」をしなければ、十分生きていけるし、むしろ心地良い。

 人をおしのけて先に出ようとする本能を持つ人が多いのは、多分、何億年も前から競争で他をおしわけて勝ち抜いたものが生き残り、我々はそんな勝者の子孫だからだろう。

 でも、なかには「競争が苦手」な子供がいるかもしれない。そんな時、周囲はがんばって競争しなさい、とはっぱをかけがちだ。しかし、どうしてもそれができない子供がいる。少数派のそんな子供を弱い人間と決めつけないでほしい。そして、他者とではなく、自分自身との競争を通して社会とかかわる道を探す手助けをしてほしいと思う。

富山で講演会