4月2010

異文化のペース

 アメリカと日本の往復で仕事をしていると、ボストンに着いてしばらくの間、そして日本に帰ってからしばらくの間は、何となく調子がヘンである。時差ボケではなく、仕事の流れがスムーズではないのだ。

 この原因は一体何だろう、と考えて気がついた。アメリカにいるとき、周囲のペースにあわせようとすると調子がヘンになり、日本に帰って来て、自分のペースで仕事をすると周囲とぎくしゃくするのである。

 発言も同じ。アメリカの研究室でみなの意見を聞きながら自分の発言のタイミングを探していると、いつの間にか論点がかわってチャンスを逃す。つまり、アメリカでは、自分のペースを守らないと疲れるし、日本にいる時は、相手にあわせることが大事なのだ。

 私は長年日本で生活しているから、無意識のうちに「相手にあわせる」スタンスが身についている。仕事柄、相手の意見や話を聞く態勢ができていて、その無意識レベルの刷り込みが原因になってアメリカに着いてしばらくの間は、自分のペースを作るのに手間どってしまう。しかし、何度も行き来しているうちに、次第に自分のペースを早めにつくることに慣れてきた。

 ところが皮肉なことに、今度はアメリカから帰ってきた時にちょっとしたトラブルがおきる。はっきりとノーと言いすぎて相手をびっくりさせてしまうのである。先日も若手の出版編集者に、「その企画は私がやるような内容ではないですね。できませんね」と言ったら、横柄な人間だと思われて、企画のやり直しも持ってこなくなった。

 ああ、この言い方は日本では通らない、と苦笑い。異文化の間でおきる適応障害の背景には、こうした心理的な差、自分のペースか周囲にあわせるか、はっきり言うか、やんわりとあいまいに言うかの差もあるだろう。海外生活帰りの方たちとかかわる方の参考までに。

「自転車ルール」の秘密

 青信号で横断歩道を渡っていたら、いきなり目の前を、猛スピードで横切った自転車があってヒヤリとした。そして、またか、と思った。
 ボストンは自転車を利用する人が多い。大雨や雪の日に乗る人はさすがにいないが、少し気候がよくなると自転車人口が増える。そして日本も共通しているが、不思議なルールで自転車を走らせる人が実に多い。

 まず、信号無視。車道を走っているのに、止まった車の横を赤信号でもスイスイ走り抜ける。赤信号になると突然方向をかえ、逆方向に突っ走る。一方通行の車道を猛スピードで逆走。車のルールとも歩行者のルールとも違う独自のルールで走るから、気をつけていないとぶつかってケガをする。

 東京でもしばしばこわい自転車に出合うので、万国共通だなぁと苦笑する。そして、これは一種の「制服効果」だなあ、と思ったりする。制服効果とは、制服と自己が一体化して、個人の感情や感覚を失ってしまう、というもの。

 例えば、兵士が制服、戦闘服を着て、整列して
行進する時、個人の感情や道徳観は抑圧されて制服と一体化する。スーツを着てネクタイをしめたり、イブニングドレスを着れば気分がかわり、ビジネスマンやレディのように感じられることでもわかるだろう。いい意味でこれを利用することもできるし、逆のこともある。

 自転車の場合、ふだん車を運転したり、歩いているときには赤信号で止まる人も自転車と一体化してしまい、「どちらのルールにも従わない」ルールで自転車を走らせてしまうのではないだろうか。
 自転車を利用する方は、ちょっと自分の心理を観察してみていただきたい。というのは、最近、東京では、子供を乗せて「自転車ルール」で走っている女性をみかけて、危険だなあ、と思ったりするからだ。制服効果は、いいことに使いたいもの。ご注意を。

新型インフルエンザと米国

 新型インフルエンザ大作の成功で、死亡者が少なかったと対策本部が発表していた。果たして対策の成果か、ウイルスが弱毒性だったためか、しっかり検証しないとまずいなぁ、と思う。

 というのも、病気予防のキャンペーンの枠組み作りで、日本は残念ながら後れをとっている。アメリカの新型インフルエンザ対策キャンペーンは、お見事だったと思う。キャンペーンによって、人々の行動にははっきり変化が表れたのを目のあたりにしたからだ。

 とにかく、人々は洗面所でよく手を洗うようになった。それも、いわゆる知識人層だけでなく、低所得層の集まるショッピングセンターでも同じだった。インフルエンザ流行前、手にしっかり石けんをつけて何秒か洗う人は少なかったのに。

 第2に、手を消毒するグッズが薬局に登場した。かつてはみられなかった新商品である。
 キャンペーンは明快で、手洗い、うがい、くしゃみとせきは自分の手と腕でガードする、ワクチン接種を受けよう、というもの。日本ではもうどこも報道しなくなった3月中旬も、「インフルエンザの季節はまだ終わっていません」と、手洗いのすすめを地元ラジオ、地下鉄やバス、ショッピングセンターのポスターがくり返していた。

 とにかく徹底しているのは、メディアが多様化していて、ヘルス情報を送る手段が多いためもあるだろう。日本人は健康意識も高いし、清潔好きだ。
 しかし、ことがおこった時の対応は徹底しないことが多い。東京では、インフルエンザ流行時もその後も、洗面所できちんと手洗いする人が少ない。

 ポイントをしぼり、きっちり伝えたいことをしつこく伝える、というのが健康キャンペーンの枠組みだ。実はこれは、政策キャンペーンの枠組みの成功例と共通している。一過性の情報を大漁に流して、あとはフォローしないわが国のメディアや政策は、一考が必要だ。

Alfieライブ

4月5日のAlfieライブの写真です。

緊張でしか生きられない

 今年のアカデミー作品賞を獲得した映画「ハート・ロッカー」は、ハーバード大の研究室でちょっとした話題になっていた。なにが話題だったかというと、映画の主人公に性格傾向だ。

 普段、戦争映画や残酷な場面のある映画は絶対に見ないが、「見て感想を聞かせてよ」と言われたこともあり、自分の専門分野である性格傾向のことでもありで、意を決して見てきた。映画は、イラクで爆弾の処理をする兵士が主人公。彼は死を恐れず、あえて危険な場面に自分を追い込んでいく。

 戦場で驚異的な数の爆弾を処理する有能な兵士だが、部下との関係はよいとは言えない。そして、問題となる彼の性格傾向である。見ていてなるほどと思ったのは、彼の性格が、アメリカで最近問題となっている「センセーション・シーキング」という傾向だということだ。

 この傾向は、絶えずハラハラ緊張していないといられない、ゆったり過ごすことができず、車を暴走させたり、酒やドラッグにおぼれ死と隣合わせのところに自分を追い込まないと生きている実感がわかない、というもの。事故や犯罪につながることも多いので「センセーション・シーキングで死に向かうのはやめよう」というキャンペーンがテレビ放送されているほどだ。

 映画の主人公は、まさしくこれに当てはまる。戦場にいないとき、彼はゆったりと過ごせない。戦場でも現場が終わると、彼は大音量で音楽を聴き、たばこをふかし、部下と殴り合いをしないでいられない。

 一般社会では問題児のはずの彼が戦場では英雄。戦争でしか彼は生きた実感を味わえないのだろうか。アメリカ社会の心のひずみを描いている。戦争というゆがみが結果主義の国の生んだ心のゆがみと共存する皮肉が痛い。ゆったりと時を過ごせない若者は、日本でも増えている。問題は根深い。