ボストンは東京にくらべるとショッピングセンターも少ないし、いわゆる遊び場が限られている。ちょっとした息抜きといえば映画館くらいだが、さほど時間にゆとりのない私の楽しみは、カフェを併設した大型書店で、立ち読みならぬ座り読みをすることだ。

 買って読むほどじゃないが、でも読みたい本を、コーヒーを飲みつつ読む。その合間に原稿を書いたりするのは、なんとも楽しい日曜の昼下がりである。そんな一冊、「失敗談」をまとめた本にこんなエピソードがあった。

 スーパーマーケットで大きなカートに山のように食料品をのせて歩く女性がいた。そこで自分は、「あら、こんにちは。これからすてきなパーティーをなさるんですね」と陽気に声をかけた。すると女性はニコリともせずに、「昨日夫が亡くなって今日は葬式で人が集まるんです」

 笑うに笑えないこの失敗。こんなこと日本人は絶対に言わないだろうな、と思いつつ読んだが、いかがですか。

 日本人は空気を読む。いくらカートに山ほど食料品を入れて運んでいたとしても、その人がニコリともしていなくて暗い気配を感じたら、声などかけないだろう。つらそうな顔をみたらそっとしておく人がほとんだだろう。こうした空気を読む習慣は相手への配慮にもなるが、逆に過剰に空気を読んでばかりいると疲れ切ってしまう。

 組織に勤めていて疲れ切るのは、多くはこうした「空気の読み過ぎ」によるものだ。空気を読み過ぎ、周囲に気をつかいすぎ、自分の言いたいこと、やりたいことをおさえこんでいるうちに調子を崩してしまったりする。ほどほどにしたいものだが、伝統的に読み過ぎの習慣がついてしまっているから修正がむずかしい。そんな時は、意識的に「空気を読みすぎない」時間を作ってはいかが。ふだん「読み過ぎ」の方は、そのくらいでほどほどになるはずですよ。