12月2009

社会を快調にするには

 日本経済はデフレに陥り、不況感が高まっている。ものに満たされたのだから、次は自分らしい生き方をしようなどといっていたのは遠い過去の話になり、今は老後の不安で、とにかくものとお金が最優先というムードになっている。

 作業の効率化、人件費カットが叫ばれ続け、いつの間にか、日本は再び結果を追い求める社会になり、こころの問題はどこかに追いやられている。衣食住が足りなければ、そんなゆとりは生まれない、と思われがちだ。しかし、物質的の満たされない社会だからといって、必ずしもこころが満たされないわけではない。

 20年前、アメリカのカーボベルデ共和国に行った。大西洋に浮かぶ小さな貧しい島国だ。食料も水も薬も足りないが、人々はすさんでいるかというと、決してそうではない。少ない水を甕に入れ、頭上にのせてみなで運び、病人や老人にわけて、手助けをする。

 効率で考えれば切り捨てるべき人の手助けを当たり前だと考え、明るく協力し合い、歌いながら水を運んでいた姿は、今も私の脳裏に焼き付いている。
仕方なく手助けをするのと、当たり前だから手助けをするのとは違う。せねばならぬことと、自然にできることの違いともいえる。この差は、他者に共感できる力の差でもあろう。

 自分の右腕が疲れたら、左手でマッサージをする。肩がこったら、手で肩をたたくし、指をケガしたら思わずおさえる。指をケガして、おさえもせず放っておくなどということはないはずだ。なぜならそれは「自分の体」だから。指も肩も手も、すべてが自分であり、つながっているから自然にできる。指の先をほんのちょっと傷つけても、不快は全身に及び快調ではない。

 社会もそれと同じ。誰かが苦しんでいたら、体と同様に快調とはならない。そのことに気づく人が少ないのは残念なことだ。

2009.12.13 JAZZ HOUSE 「Alfie」にてLive

ネコの視線チェック

 生活の場で、「しなければいけないこと」と「したいからすること」の割合がどうなっているか、チェックをしてみてください。私は、これを「ネコの視点チェック」と名付け、後者、つまりネコの視点の割合が高いほど、心の満足度も高いと考えている。

 ネコは「しなければいけない」と考えて行動したり、計算したりしない。したいことをしたいようにしている。この人と会うのが得だから、と計算したり、この人は役に立ちそうだからとつきあったりはしない。好きな人には寄っていくが、気に入らない人には近寄らない。

 人間の場合、悲しいかな、したいことだけをして、会いたい人とだけ会っていたら生活が成り立たなくなる。だから、「しなくちゃいけない」仕事をし、嫌いでも役に立ちそうな人とかかわる。しかし、生活のすべてが「しなくちゃいけないこと」で占められていたら、体調を崩すのは明らかだ。だからせめて、生活の半分位は「したいからする」であるといいだろう。

 年をとるよさは、若いころは「しなくちゃいけないから」していたことを少しずつ好きになり、やがて、それに楽しみを見つけられるようになることかもしれない。年をとるごとに、生活の中の「ネコの視点」の比率は高まっていくかもしれないのである。

 私は、若いころ、研究のために文献を調べたり読んだりするのが、義務だとしか感じられなかった。しなくちゃいけないからしていたのだが、今は研究が大好きになり、「したいからする」ことに変わった。点検してみると、ネコの視点比率がとても高くなっているのだ。これは幸せなことである。

 ただし、この視点はいわゆる勝算を度外視しているから、収入、名誉などの結果はついてこない。結果をとるか、心の満足をとるか。さて、あなたのネコの視点比率はいかがですか。

もうひとつの物差し

 勝ち組、負け組という言葉。好きではないが、このところすっかり、日常生活に定着してしまった。

 勝ち負けの基準とは何か。収入、学歴、持ち家、仕事の業績、売り上げなどだろう。たとえば、売り上げの多い人が勝ち、少ない人は負け、という「世間の物差し」で勝敗が決まる。もしあなたが、「世間の物差し」しか持っていなかったら、大変だ。収入が低かったり、売り上げが悪ければ自分は全くダメな人間となってしまう。今、自信がなくて元気がない人が日本に多いのは、「世間の物差し」しか持っていない人が多いからだと思う。

 アメリカは、日本よりもっと格差がはっきりした社会である。そして、お金を持つことが明確に勝ちとされる物差しが存在する。ただし、「世間の物差し」しか持っていない人は、日本より少ないのではないだろうか。「世間の物差し」では負け組だが、自分には別の物差しもあって、好きで絵を描いて作品を作っています、とか、仲間とバンドをやってます、とか、教会で歌っています、などという人によく出会う。そのような人は、「自分はダメな人間」といじけてしまうことはない。

 日本では、定年退職後、とたんに元気をなくし、自己評価が低くなってしまう人が少なくない。その人が、「現役で仕事をする」「会社に所属する」ことのみを良しとする物差ししか持っていないからだろう。

 「世間の物差し」と別の物差しをもてば、勝ち組にはなれなくても、人生を楽しむゆとりができる。対人関係も同様で、役に立つ人とだけつきあおうとせず、自分が一緒にいて楽しくくつろげる相手とかかわるようになるから、いい仲間ができる。

 「世間の物差し」も、ある程度必要だ。だが、人生のすべてではない。自分の好きなこと、興味のあることにかかわる物差しも、少し生活に加えてみては。

日赤にて歯科衛生士さん達のための講義

12月5日、日本赤十字看護大学にて。

多摩センターにて研修会

12月4日、多摩センターにて。