3月2009

大人の旬を磨く

 日本では今どんな果物が旬だろう。ボストンでは、なぜかグレープフルーツがシーズンということで安い。南の地方でとれて運ばれてくるのだと思うが、大型が1個50円くらいのセールになっていた。しかも、とても美味。一方、夏の間感激するほどおいしかったプラムは旬を過ぎて味もいまひとつ。やはり旬というのは大切だ。

 さて、人生の旬とは何だろう、と考えてしまった。一般には若い世代が旬といわれる。年をとると、盛りを過ぎたとか、枯れたとかいわれる。生物学的見地だけから見れば、確かに老化するほど細胞内の水分は減少し、枯れていくという表現は当たっている。

 現代はそうした老化を遅らせるアンチエイジング研究も盛んだ。旬をのばそう、とする考え方だ。むろんそれはいいのだが、私個人の考え方としては、生物学的な旬のみに焦点を当てる必要はないのだと思っている。

 体力や細胞内水分、つまり体力、美しさ、記憶力は年と共に衰え、旬を過ぎるが、別の旬は年と共に充実してくると思うのだ。例えば、ものを深く洞察する力、思考能力、共感力などは年をとるにつれ旬を迎える能力である。

 しかし、とても残念なことだが、こうした年と共に増える能力は、体力や美貌という生物学的能力と違い、ほうっておいても存在する力とはいえない。要は天賦のものではなく、自分で磨きをかけて旬を作り出していかねばならないものなのである。

 いつまでも若さという旬を追い求めることにエネルギーを使っていると、こうした「年をとってから旬を迎える」はずの能力に磨きをかけるエネルギーをなくしてしまう。

 体力や美しさが減少しても、別の旬を持てる大人は輝いていられる。そんな大人が少ない。若いころにはとてもこんなふうにできなかったなあ、と思えることを人生の中につくっていくのが大人の幸せである。

「ヘル・コミ」元年に

 「ヘルスコミュニケーション」と聞いて、何を思いうかべますか?医師と患者間の対話を連想されるのでは。

 ハーバード大学HSPHのヘルスコミュニケーションは病院内のそうした対話だけでなく、日本でいえば「健康教育」と「メディアキャンペーン」なども対象としており、医師だけでなく心理学者、社会学者、メディア関係者、統計学者が参加した幅広い研究がなされている。

 教育格差の壁をこわしながら、いかに正確な予防医学の知恵を一般の人々に伝えるか。各分野のテリトリーの壁を越えた大がかりな研究である。

 ハーバード大学ビスワイス博士の講義には、他大学のマスコミ学の教授や放送局のチーフも参加し、実に活発な意見交換が行われる。
博士はアメリカでの禁煙キャンペーンプログラムに参加したメンバーなのだが、社会全体に医療健康情報を伝えるには医師の力だけでは不可能だという。

 日本では、医師と他分野の学者たちが一緒に研究していくというのは難しい。みな自分一人がトップになりたがり、協力しあうのが下手なのだ。日本は組織力が強いといわれるが、研究分野ではそれが機能せず足をひっぱりあうのが残念。こんな分野を日本でもつくりたいものだ。

土曜日に働くアメリカ人

高校進学率が94%をこえるわが国では想像するのが難しいかもしれないが、アメリカで今問題になっているのは経済格差や教育格差とがん死亡率の関係であ る。ハーバード大学HSPHではヘルスコミュニケーションとよばれる研究部門があり、こうした格差についての研究が行われている。

先週もふれたが、すべてのがんについて黒人の死亡率は白人にくらべて高い。がん予防には予防知識と実践、早期発見が不可欠だが、低所得層や教育が不十分な人々では情報不足が予防の障害となる。インターネット普及後はその格差はますます増大している。

私の所属しているビスワイス博士の研究チームでは、国の援助によって格差縮小を実現し、がんを予防しようという大がかりな試みをスタートさせた。低所得 の人々に無料でパソコンを提供し、パソコン教育を実施。ハーバード大学の開発した小学6年程度で理解できる医療情報にアクセスできるようにした健康教育で す。

この教室、土曜の朝や平日の夜行われる。土日は休みで9時から5時までといわれるアメリカだが、スタッフは土曜の朝8時から出勤。よく働く人たちだが、その背景には格差是正への情熱とスタッフ間のコミュニケーションの良さがある。

他人にも幸せを

 さきごろ来日した俳優ブラッド・ピットはアメリカ国内でも人気が高い。研究室のチーフをしている仕事人間のサラでさえ、「アメリカの女性はみんな彼のファンよ」と言うほどだ。

 ただし、彼の人気の背景は日本のそれとはちょっと違う。いわゆるハンサムな男性の人気というより、むしろ彼の行動によるところが大きい。ブラツド・
ピッドは自分の子供と一緒に、アフリカなどの恵まれない子供を養子にして育てている。

 加えて、ハリケーンで壊滅的な被害を受けたニューオーリンズの復興に努力している。住宅を建て、しかもアレルギーをなくすエコ製品を使い、ペンキなどの化学物質を使わないクリーンな環境をつくろうとしているという。

 お金を出すだけの寄付ではなく、実際に自分がニューオーリンズに行って協力している様子が報道されている。
 「お金があるからできるんでしょ」だとか「売名行為だろう」と、皮肉を言う人はまずいない。たとえそうだとしても、その社会奉仕に対する共感の方が強いためだろう。

 アメリカでは病気の予防キャンペーンや、エイズのカミングアウトにスポーツ選手や俳優が協力を惜しまない。有名人が協力することでマスコミがとり上げ、予防医学に効果をあげる。社会奉仕も同様である。ブラッド・ピットがそんなにボランティアをしているのなら自分もちょっとまねしてみようかな、と思う人も増えるだろう。

 俳優や政治家など、ひんぱんにマスコミにとりあげられる人たちの行動は影響力をもっている。恋愛や不祥事ばかりで世間を騒がせるのではなく、まわりを気分よくさせる行動で注目を集めてほしい。お金を派手に自分のためだけに使うような報道ぱかりを目にするとさみしい気持ちになる。そんな中で、お金や幸せをたくさん持っている人がそれを誰かに分けようとするのを見るといいなと思う。

2009.3.1sun

不本意な食事でも

ファストフード店で食事をしている人を見て、日本の留学生が「単におなかを満たすためだけの食事なんてしたくないです。きちんとしたいいものじゃなきゃ、食べない方がいい」と言うのを聞いて考え込んでしまった。

これはエリートの意見である。彼女は両親ともに高学歴で、いい職業についている。誰だっていいものを食べたい。でも食べられない人がいることをエリートはわからないことが多い。

今アメリカはご存じの通り大不況で、人々はレイオフにおびえている。10ドルほどで食べられるおいしいピザの店でさえ、昼食時にわずか3人しかお客がい ないくらいにガラガラの状況だ。体によくてバランスのとれた食事は健康を保つのに不可欠だが、貧困でそうした食事をとれない人がいる。

アメリカの経済格差は日本の比ではない。ピザの店はガラガラだが、高級ホテルのレストランは着飾ったカップルであふれていて、本当にどうなってるの、と言いたくなる。

さて、経済格差が病気の罹患率とかかわりがあるのをご存知だろうか。貧困と情報不足、教育格差などの理由で、正しい医療知識、予防対策ができない人たち がいる。そうした人のがん死亡率は豊かな人にくらべて高い。私が所属しているハーバード大学公衆衛生大学院HSPHとダナ・フェーバーがん研究所では、情 報格差とがんとの関係について盛んに研究している。

「貧困は発がん物質である」などという医学者もいる。貧しくて何が病気をひきおこすのかという知識もなく、また知っていてもいいものを食べられなければ病気のリスクは高くなる。

以前、地方に出張に行き、飛行機が遅れ夕食をとれず、深夜に「体に悪そう」な冷えたおつまみを食べた。倒れそうなので不本意ながらも食べたのだ。今、
貧しさゆえに不本意ながらおなかを満たすだけの食事をする人がいることを忘れたくない。

近況

Boston Harvard University の Dr.K.Viswanath 博士とともに。