2月2011

ウソのない分野が・・・

世間にはダブルスタンダードというものが存在する。そして私たちは、往々にしてそれに振り回されて、不快になったりする。

オーナーと親しい社員だと通用することが一般社員だと通らない、などはその一例。有名人だのお金持ちだの2世だのスポンサーだの政治家がらみだの、世の中にはいろんな「特別待遇」スタンダードがあり、一般人は無念に思うことも多い。

そんなとき、「基準がひとつでウソがない分野」があるおかげで、どんなに心がスッキリすることか。私は、スポーツはそういう世界であってほしいと思う。タイムや勝敗の基準はひとつ。いくら親が偉くてもお金を持っていても、縁故タイムや上げ底得点は不可能。本人のそのときの実力で勝敗が決まるというのは、なんとスッキリしていることか。

最近はスポーツでも、いいコーチについたり、設備のよい練習場や良質の食べ物でコンディショニングするのにお金がかかる。資本力=実力のような面もある。だからこそ、私などは、いわゆるサラブレッドではない普通の育ちの選手を大いに応援してしまう。みなさんはどうだろう。

さて、このところの大相撲の一連の問題。単に八百長では済まされない。私たちがスポーツに求める「ダブルスタンダードのウソがない分野」から、大相撲が自ら抜けたわけだろう。世の中には、イヤになるほど「演出された真実に見えるウソ」がいっぱいだが、大相撲もその仲間入りである。

八百長をした力士たちの背景にあった心は一体何なのだろう。問題の追及だけではなく、入門した当初はおそらく純真だった彼らをウソに駆り立てた、むなしさやフラストレーションの実態を調べる必要がある。真実に見えるウソが横行する世界には、組織としての問題が存在することが多いからだ。

Boston

Boston

夢中になるひととき

最近、新しい研究に着手している。まわりの人とのネットワークの有無が、健康維持活動や人生満足度とどのように関わるか、というものである。

医学だけでなく社会学的な視点も含んだ興味深いテーマで、横浜市と栃木県小山市の協力のもと、6000人の方にアンケート調査を行った。

入力したデータをもとに解析をはじめ、関連した文献を読み始めた日。午後1時ごろから机の前に座り、はっと気づいたら11時。あら、夕食の時間を過ぎていたなあ、と驚き、しかし何とも幸せな気分になった。

食事を忘れて夢中になるひとときがあるなんて、なんと幸せだろう。それほど集中できることが、この年になってもまだある喜びを感じたのだ。

子供のころ、夕食を忘れて遊んでいて、親に怒られた記憶のある方は多いと思う。そのくらい夢中になることは、年と共に少なくなり、すべてが当たり前になっていく。

ところで、夢中になることでも、それが他者から与えられたものか、自分で作り出すものかによって、満足感は違ってくるだろう。映画やコンサートやタレントの追っかけで夢中になる場合と、自ら何かを作り出したり、学んだりする場合とでは、持続する満足感に差が出るように思う。

外存型の夢中は、そのひとときが終わった後の満足持続時間が短く、また次の刺激がないと手持ちぶさただ。しかし、内在型の夢中は、そのひとときの後、しばらく幸せな気分が続く。

自己満足でしょ、食事や睡眠が足りなくなるのはお肌に悪いわね、などと皮肉られる。食事も、映画も音楽も、もちろん好きだ。しかし、それだけでは物足りない何かは、自ら作り上げる夢中のなかにこそ存在する。そして、そんな夢中を人生に持つと、人と比較して落ち込んだりしなくなる。

Bostonは雪が、私の背くらい積もっています。

Bostonは雪が、私の背くらい積もっています。

チキンサラダで夕食
チキンサラダで夕食

これからBostonです

これからBostonです

嘆かず明るく、自分のペース

仕事帰り、久しぶりにスポーツクラブに寄った後、家までタクシーに乗った。50代はじめとおぼしき女性ドライバーは、1年前からこの仕事をしているという。「ちょうど景気が悪くなってからだから、大変」と言いながらも、彼女はすこぶる明るい。

「景気が悪いって、言い訳かも」と彼女。
仲間には、女性でも手取りで月に50万円稼ぐ人もいるとか。自分は休憩を取りつつ働くので売り上げは上がらない、と苦笑い。「気持ちにゆとりがなくなって運転するのはイヤだし、自分は集中力がそれほど長く続かないから」という運転手さんは、「今や宝くじ頼みですよ」とほがらかに笑う。

「お金があったら、もっと心にゆとりを持てるかも」と言う運転手さんだが、私にはもう十分、彼女には心のゆとりを持っているように見えた。苦境を不況のせいにせず、売り上げのいい同僚をねたまず、自分のペースで仕事をしている。なにより、明るい。

そこで、運転手さんにハーバード大の研究報告「宝くじが当たっても幸せ感は続かない」を披露した。大金が当たっても幸せ感は少しずつ目減りし、1年後には普通よりちょっと幸せ程度に減ってしまうとの報告で、以前この欄でも紹介している。

「そんなもんですかねえ。でも一瞬、当たったあ、と有頂天になりたいですよね」

それは同感。でもね、アメリカの経済誌『フォーブス』の超長者番付に載るような人は、決して精神的に幸せではなく、心にゆとりがないという調査もあるのだ。

嘆かず明るく、自分のペースできちんと生きている人がいる。そうした人と触れ合うと、心がふっとなごむ。日本のどこかに、そんな人たちがたくさんいるのだろうなと思うだけで、救われる。そんな人たちが生活に困らない社会にするために、頑張らなくちゃいけない人は誰だろう。