海外に留学したり海外で仕事しようとする若者が減少しているという。面倒だ、苦労するのは嫌、などがその理由だそうで、若いころ海外に行ってみたくてたまらなかったが家の事情などで行けなかった私にはちょっと理解できにくい気がする。

 丁度そうした報道を耳にしたところアメリカ人の友人が日本にやってきて、ある一流企業の新人研修セミナーを行なった。テーマは「グローバルな人材を育てる」。セミナーには約100人の全員大卒の新人社員が参加したという。

 まず、最初に「これまでに海外留学をしたことのある人、あるいは行きたかったけれど行けなかった人は?」と質問した彼女は、挙がった手は2名だったことに驚いたという。そこで次に「これから海外で仕事をしてみたい人は?」とたずねたところ、一人も手が挙がらなかったことに更にびっくり。テーマが「グローバルな人材を育てる」というものだったから内心、人事担当者もいるのに大丈夫かしらと心配になったという。新人社員にどうしてかきくとわざわざ面倒そうなところで苦労したくない、という意見が印象に残ったと彼女は残念そうに話してくれた。

 何が原因なのか、と思いつつ先日ボストンで仕事をしていた時、たまたま日本人留学生と出会った。ある老人介護施設でケアのボランティアをしている際その場に参加して体の不自由なお年寄りにさりげなく寄り添っている東洋系の男性をみかけたのだ。

 最初彼が日本人だと気づかなかったのは、彼がまったく日本語を話さなかったからである。しばらくして私が日本から来たと話した時、彼も自分が日本人だと英語で語った。周囲の人達に理解できない会話をしない、という意味で日本語を使わないのだろうと思ったが、もう一つ理由があるのを、その後の話で知った。

 30代半ばにみえる彼は日本に妻と子供がいる。どうしてもMBAの資格をとりたくてアメリカに来たが、英語力の不足で大学に入れず今語学を勉強しながら大学を目指しているのだという。時々日本にいる家族のことを思って帰りたくなってしまう、とたどたどしく英語で語った。静かな言葉のなかに英語を上達させたいという強い決意が感じられた。

 そんな折、ボストンの本屋でみつけた「よりハッピーに」というテーマの本の中に「チャレンジは幸せの原動力」という一節があった。わざわざ苦労して外に行かなくてもという意見がある一方で、チャレンジはその結果でなく、チャレンジするそのこと自体が幸せなのだろうと思いつつ、チャレンジする若者を応援する社会でありたい、と語った。(心療内科医)