配偶者の死去は、その後半年から1年間、残された夫や妻の健康状態に大きく影響するとされる。

かつて、アメリカのホームズ博士は、配偶者の死をはじめ、家族や友人のけがや死、仕事の変化、住居の移動、借金など生活上のストレッサー(ストレス要因)に点数づけをした。その点数の合計がある一定レベルを超えると、翌年、体調を崩すと報告している。

今回の震災で被災された方々のストレッサーが非常に高いことは、明らかである。ストレッサーを受けた直後に体調を崩すこともあるが、多くの場合、半年から1年後に影響が表れる。

というのは、ストレッサーを受けた直後のショック期から立ち直ると、人はそれを乗り越えようとして頑張れる。この時期は抵抗期と呼ばれ、一見、元気にさえ見える。しかし、この時期にストレッサーを軽減していかないと疲れ切ってしまう。そして、半年から1年、あるいは数年後に燃え尽き状態に陥り、体調を崩すことになる。

こうした状況をくいとめるのに大切なのは、二つの「ストレッサーを軽くさせる要素」を知ることだろう。その第一はサポート、第二は本人のパーソナリティーだ。

今、被災された方たちは、気丈にその過酷な状況から立ち上がろうとしている。一見、元気そうに見えるなかに、どれほどのつらさを抑えていることか。

元気そうな報道を見て、「もう大丈夫だろう」と、とらえないこと。実際、避難所に行って気づいたのは、我慢強い方が多いことである。つらくても弱音を吐かない、じっとこらえている。このことに周囲が気づくことが、大切だ。自然と向き合う生活は、忍耐強さを生む。東北で培われてきたそうした気質を周りがくみ取り、サポートすることが必要だろう。

被災された方たちは、忍耐強いというパーソナリティーと共に、強いコミュニティーの力も持っている。これが、ストレスをのり切る潜在的な力となる。このコミュニティーのなかで、つらい時に本音を話しあえる場を築いていくことが、燃え尽き防止には必要だろう。

さて、ある漁師さんの話を聞いた。80歳を過ぎても元気で漁をしていたその方は、津波で船が流されて、一時は漁を続けることを断念した。しかし、自分には海しかない、と仲間から船を買い、再び漁に出たものの、原発事故の影響で仕事ができなくなった。「漁師が漁ができないのは最低です」。低く語った一言が忘れられない。

家、家族、友人、仕事……。震災は、多くを奪った。原発事故でなくした仕事や住居、家族同然の牛や鶏。充分な補償をする、と政府は言う。しかし、お金で埋め合わせられないものがある。それはアイデンティティーだ。漁師、農業従事者、養鶏業をして生きる自分、といったアイデンティティーは埋め合わせできない。

漁師さんは、80歳を過ぎるまで漁をして自然と共に生き、社会とつながってきた。日本人は欧米人のように、人生とは何か、と座って哲学をしない。しかし、厳しい自然の中で生き、体を動かして労働するなかで自分らしさを築く哲学を持ってきた。

仲間と共に生き、あきらめずねばり強く、他人の足を引っ張らず、他人を羨望しない東北の哲学は、恵まれた都会っ子には真似できない、体で覚えたものである。漁師は、漁をすることで自分らしく幸せに生きられる。農業を営む人は、田畑で米や野菜を育てるなかに幸せを感じとれる。

どんなに大変でも、自分のアイデンティティーを持ち、自分らしく生きられることが幸せにつながる。その充足感は、お金があっても買うことができない。この視点を持ち、アイデンティティーを奪われた痛みに共感しつつ、復旧と復興に取り組もうとしている政治家が、どれほどいるだろうか。

政治家には政治家にしかできないことがある。状況をダイナミックにかえるのは政治という権力しかない。その大きな権力を、自分たちのためではなく、人を幸せにするために使ってほしい。

※「心のサプリ 大震災によせて」は今回で終わります。