海原純子の医学講座
第9回「鉄」の効果で生まれるバラ色の頬
 テレビでレポーターの仕事をしている女性に久しぶりに会ったところ、ダイエットで体重が10キロ減ったと大喜びしています。たしかに顔もひと回り小さくなって引き締まっているのですが、何か違和感が漂っています。何だろうとよくよく眺めると、顔が妙にくすんだ感じ。

 テレビでは膨張して映るのだそうで、化粧の方法を変えたのかしら、と思ってたずねると、「このごろ妙に顔色がくすむのでベースカラーに苦労している」という返事でした。

 顔色のくすみ、あなたは気になりませんか? 日焼け後のくすみに対しては敏感な方も、意外に落とし穴になるのがダイエット中、ダイエット後の顔色のくすみです。チークを塗っても顔色がさえない、アンダーカラーを塗らないといつものファンデーションの映えが悪い、などというときは、あなたの顔色が原因かもしれません。

 くすみのせいで急に3〜4歳老けてみえるようなときは要注意です。
くすみが原因で顔色が黄色っぽくなったり、緑黄色がかったりするものですが、この引き金になるのは意外に「鉄欠乏」なのです。


乙女の病


 ここでちょっと歴史をふりかえってみることにします。ローマ帝国を再統一して首都をコンスタンティノープルに建設した皇帝の父君であるコンスタンティヌス一世は、顔色が蒼白だったことから「緑色王」と呼ばれていたそうです。どうも彼は鉄欠乏があったらしいと推察されています。

 16世紀には、哲学者で医師でもあるランゲが、友人への手紙の中で次のように書いています。
 「君の長女のアンナは妙齢で求婚者がたくさんいるのにもかかわらず病気で断っているようだ。ある医者は心臓病、別の医者は呼吸困難、また他の医者はヒステリーといっているようだ。
 娘さんのバラ色の頼と唇はいつのまにか失われて蒼白になり、ダンスをすると息切れし、食物をきらい、夕方になるとむくむということだ。これは乙女の病気、緑病である」

 鉄欠乏がおきると顔色は変化します。このように、鉄欠乏による症状は古くから指摘されているようです。わが国でも、鉄欠乏による顔色の変化は江戸時代から指摘されてきたようですが、「恋わずらい」と思われてきました。

 「若い女性がかかる病」というイメージ。鉄欠乏が引き金となる貧血には、美しい病のムードが漂っています。確かにヨーロッパで絵画に描かれたりする肌の野きとおるように蒼白な、病に伏せる乙女は頼りなげで、いかにも男性の助けを求めている感じ。

 ところが、これはあくまでも肌色の白い人の場合です。わが国の女性の場合は肌が黄色いので、皮膚の血色が失われるとより黄色が強調されて、光沢を失った黄色、つまり硫黄色になって顔色がくすみ、化粧ののりが悪くなってしまいます。美しい病、乙女の病などと満足していると、化粧映えが悪くなるのです。特に、ダイエット後は鉄欠乏をおこしやすいので、注意してください。

くすまないための鉄バランス


 ここで体内の鉄のバランスについて考えてみましょう。鉄は体内に3〜4グラム存在していますが、その67パーセントは赤血球の中にあります。残りは肝臓や脾臓に蓄えられるものがおよそ27パーセント、さらに筋肉内にも存在しています。

 我々は1日に食事から10〜20ミリグラムの鉄をとり、そのうち約10パーセントの1ミリグラムから2ミリグラムを十二指腸や小腸から吸収しています。ですから十二指腸に炎症があったり、アスピリンなど薬の飲みすぎで腸があれていると鉄分の吸収が悪くなり、鉄バランスはマイナスに傾きます。

 鉄は赤血球中の血色素=ヘモグロビンをつくる原料になります。血色素は酸素と結合して体内に酸素を供給する役目をしているため、鉄バランス悪化→体内に酸素が行きわたらない→顔色がくすむ、ということになるわけです。
 鉄バランスが悪化する原因は、鉄分の摂取不足、吸収低下、出血需要の拡大、です。

 摂取不足はダイエット中などにおきるものですが、ここで特に気をつけたいのが鉄の吸収率です。鉄分を多く含むといわれる食品、というとみなさんは何を思い浮かべますか?肉、レバー、大豆、ひじき、などでしょうか。ただし、鉄を多く含むといっても、食物に含まれる鉄はおのおの吸収率に差があるのです。

 たとえば、食品100グラムあたりレバーは1160〜2900マイクログラム吸収されるのに対し、大豆はわずか552〜897マイクログラムしか吸収されません。
 肉は800マイクログラム、卵は100マイクログラム。食物によってかなり差があることがわかります。


肉のミート効果


 そしておぼえておきたいのは、「ミート効果」と呼ばれる現象です。
 肉はもともと鉄含有量が多く、吸収率もよい食物ですが、さらに、肉といっしょに他のものを食べると、他の食物の鉄吸収率もアップさせる働きがあるのです。

 レバーの場合は3.5倍、牛肉では2.9倍、豚肉で3倍、鶏肉は2.4倍、他の食品の吸収率をアップさせます。
 ダイエット中、まったく肉を食べないと、一生懸命海藻と野菜ばかり食べても鉄バランスが悪くなるのは、こうした 「ミート効果」不足によるものです。

 さて、鉄バランスが悪化する原因となる出血ですが、これは女性の場合は生理の量が多かったり、生理が頻発することが引き金になります。生理の出血がかたまりで出るようなときは、鉄バランスをチェックすることです。

 もうひとつご存じでない方が多いと思われるものに「スポーツ貧血」があります。発汗や筋肉の崩壊による鉄喪失、急激に運動し筋肉が肥大することにともなう鉄需要増大、赤血球がスポーツにより破壊される、などの現象がおきるためです。
 エアロビクスフリークの人は、鉄分を多くとらないとバランスが悪くなることをおぼえておいてください。

 鉄バランスが悪く鉄欠乏に陥ると、いわゆる貧血がおこります。くりかえしますが、体内に酸素の供給が行きわたらなくなるために顔色がくすむのはもちろん、ちょっと動いても心臓がドキドキしたり、組織の鉄が減るために爪が変形してきたり、口内炎や舌炎がおきたり、無気力になったりします。


意外に知られていない「鉄なべ」の効用


 鉄欠乏は、最近調理道具がかわってきたことも関係あるといわれています。鉄のフライパンやなべがテフロン加工やステンレスにかわり、調理道具からとけ出す鉄分をとれなくなってきたからです。鉄なべを使うと1食につき2〜4ミリグラムの鉄がとけ出すことをご存じでしょうか。

 たとえば、ピラフをつくるのに、非鉄のフライパンでは鉄含有量が1.4ミリグラムであるのに対し、鉄のフライパンでは5.2ミリグラムになるといいます。
 鉄バランスをよくするために、鉄のフライパンで赤身の肉を150グラムくらい焼き、つけあわせに、カリフラワーでビタミンCを補給するのはおすすめメニュー。ビタミンCは鉄の吸収をアップさせるからです。さらに京莱、小松菜、菜の花は鉄分の豊富な野菜ですので、おひたしにするとよいでしょう。

 肉がどうしてもイヤ、という方は、かつおも鉄分を多く含んでいますので、たたきにしてどうぞ。
 太りたくない方は、鉄なべに昆布でだしをとりながら、鶏肉を150グラムくらい入れて煮込み、味つけをして春菊を加えてください。
 ダイエット中でも鉄バランスを悪くしないために、「ミート効果」 のこと、鉄なべのこと、スポーツ貧血のこと、忘れないでくださいね。