自分の国のよさ

 講演で日本へ来たハーバード大学の教授が新幹線のグリーン車で配られる紙のおしぼりに感動し、おみやげとしてボストンへ持ち帰った。いわく「日本ってすごく清潔だよね。すごい」。

 確かに、アメリカでは国内線の飛行機も、列車も、おしぼりなんて配らない。私は、日本に帰ると、スポーツクラブのプールの水質のよさやタクシーの車内の清潔さにほっとする。もちろん、食品の質も同様で、一ヶ月以上賞味期限がある豆腐や、室温で置いておいても傷まない保存料たっぷりの野菜にぴくぴくしなくていいから、本当にうれしい。

 きちんとしたサービスのホテル、時間どおりに運行される交通機関、残高がゼロでもちゃんと無料で口座を維持してくれる銀行、三枚おろしの上手な魚屋さん…。日本だと当たり前のことが、アメリカでは当たり前ではない。自分の国のよさは、自分のよさとよく似ていて、なかなか気づかない。自分のよさに気づかず、一生懸命他人のようになろうとする人は多いが、国の場合も同じである。

 カウンセリングで気づくのは、自分の悪い面ばかりに目がいき、自分を責める人が多いことだけど、あなたはどうですか。自分なんて、と思う謙虚さも大切だが、客観的に自分を見つめ、自分のよいところに焦点をあてて、そこに磨きをかけると、悪いところすら魅力になったりするものだ。

 日本は、一生懸命アメリカの後を追いかけて、自分の持っているよさに焦点をあてること忘れてしまったように思う。今、日本は競争格差社会に到達しつつあるが、アメリカはすでにそのひずみで生じた教育や医療の格差を是正しようと、方向転換している。

 自分自身のよさや自分の国のよさにもう一度目を向け、それに磨きをかけたいものだ。清潔さやまじめさがないがしろにされる風潮は、悲しい。


2009.11.29 sun

流れ星に願うことは…

 流れ星がきれいな夜があった。流れ星を見た時に願いごとをすると、その願いがかなうなどとされるが、あなたならどんな願いごとをしますか?

 何を願うかは、その人の心のバロメーターである。今日の食事に困っている人は食べ物を願うだろうし、中東のように緊張の連続のなかで過ごす人々は安全な住まいを、受験を控えた学生は合格を願う。

 心理学者のマズローは、人間の欲求を6段階にわけている。第1が「生理的欲求」。食べ物や睡眠などの欲求で、これが満足すると次に「安全欲求」がおこる。安全な場所で暮らしたいという欲求だ。第3の欲求は「愛と所属の欲求」。愛する人と家庭を持ちたいという欲求である。第4は「社会承認欲求」であり、社会の中で認められ、自分の場をもちたいという欲求がおこる。

 そして、これらが満たされると「自己実現願望」、自分らしい固有の人生を生きたいという願望が生じ、更にこれが「自己超越願望」、つまり自分らしく生きることが他の人々にも幸せであるような人生を生きたいと思う望みが生まれるという。

 流れ星を見た時に願うことは、その人の社会的、経済的環境と心のあり方を映し出す。戦後日本は一億総中流といわれ、衣食住がほぼ満たされて、人々が自分らしい人生を生きたいと望めるまでに経済成長を遂げてきた。

 しかし、今また、生活に不安を感じる人が増えつつある。流れ星を見た時、「地球上に暮らす人々と生き物が平和に暮らせるように」と願える人は今、どのくらいいるだろうか。自分が幸せになることだけで頭がいっぱいの人が増えると、世の中はすさんでくる。

 自分自身の衣食住に不安をかかえていると、他人を思いやるゆとりは生まれない。「みんなが幸せになれますように」と願いごとができる人が増えるよう、新政権は人々の生活への不安を軽くしてほしいと思う。


2009.11.22 sun

「お互いさま」の思考性

 アメリカに住んで気がつくのは、「迷惑とお互いさま」の論理の違いである。
日本では子供のころから「人さまに迷惑をかけるんじゃありません」などと言われて育つから、他人の思惑や視線が行動の基準になったりする。

 人さまに迷惑をかけないように努力するのは大事だが、逆にいうと、迷惑をかけられた時にはひどく立腹して、相手の人間性を否定してしまうこともある。もう二度と付き合わない、などということもおきる。迷惑にはいろいろある。時間に遅れる。約束をキャンセルする。こういったことで「迷惑をかけられて」トラブルになったりストレスを感じたりもする。

 アメリカの場合は。「お互いさま」の論理が先行する。自分が迷惑をかけるかもしれないが、相手の迷惑にも許容範囲が広くなるというスタイルだ。ボストンに20年以上住んでいる日本人が、「迷惑をかけあう、という感覚ですね」と言っていたが、この思考性に気付かないとアメリカに住むことはストレスになるだろう。

 つまり、「自分はこんなに人に迷惑をかけないように努力しているのに、相手は迷惑をかけるから許せないわ」とイライラし、友人ができずに孤立したりする。研究室にいても、大きなミーティングではそんなことはないが、研究の途中経過の報告会などでは、たびたび前日にスケジュールが変更になったりする。ちょっと間にあわなくて、などという場合もあるのだ。

 日本人だったらまず、そんなことはおこらないだろうなぁ、と思ったりもする。さて、日本人はカウンセリングを受けたり他人に家族の介護を頼むのに抵抗を感じる人が多いが、これは、「人様に迷惑」と共通する心理にも通じる。すべて自分や家族で抱え込もうとすると、それでできる時はいいが、できない時、破綻する。お互いさま、の思考性がちょっぴり入ると柔軟性が出るかもしれない。


2009.11.15 sun

仕事を通じて心を養う

 医療関係の仕事をしているAさんから元気に過ごしているという便りをもらい、15年ほど前のことを思い出した。そのころAさんは短大を中退後、体調が悪いと言ってほとんど家で寝たきりの生活を送っていた。

 とくに疾患はないのだけど学校へ行こうとするとめまいがしたり気分が悪くなる。バイトも続かない。自分は体が弱いからという理由で毎日憂鬱な気分で食欲もなかった。

 うつ病とよく似ているが微妙に異なるディスチミアと呼ばれる状態。いわゆる抗うつ剤などはあまり効果が上がらないし、うつ病ほどはマスコミも取り上げないから知っている人も少ない。だから往々にしてうつ病と診断されて投薬、休養という対処をされることが多い。しかしこの方法では効果が上がらないこともしばしばだ。

 Aさんの場合は薬よりカウンセリングを主体にして自分が興味のもてることを探していくことにした。数年後、Aさんは4年生大学の通信教育を受けながら自営業の家業を手伝うようになり、両親の介護までするようになった。そして15年後の現在は医療関係の資格を取り、今度は人を手助けする生活を送っている。

 苦しい思いを経験しているからこそできることがあるだろうと思う一方で、Aさんの成長は「仕事を通じて」培われた部分も多いように感じた。医療の仕事というのは、相手の立場に立って気持ちを想像したり、共感したりすることが不可欠である。

 最初は仕事だからと仕方なく「相手の気持ち」を想像しているうちに、中立的な、自分中心でないものの見方も養われてくる。Aさんも仕事を通して自分を成長させてきたのだろうと、便りをうれしく読み返した。心の医療はスピード重視の今、恐ろしく時間がかかるように思われがちだが、世の中に一人、温かい心を伝えられる人を送り出した喜びを感じた。

2009.11.8 sun

冬の空

冬の空、富士山がきれいです。



2009.11.2 mon

楽天主義の指標

 エドワード・ケネディ上院議員が亡くなって約2ヶ月。本屋の店頭には議員に関連する著作コーナーができてその人望がうかがわれる。そんな折、出版された回顧本の紹介をかねて2人の息子がテレビでインタビューをうけていた。

 そしてケネディ議員の人柄をきかれて「父はとにかくオプティミスト(楽天家)でした。あんなに前向きにものごとをとらえられる人を私は知らない」と語っていたのが印象的だった。脳腫瘍の治療をうけたあともケネディ議員は、「自分はまだできることが何かある。何ができるだろうか」と語っていたそうだ。

 そのインタビューをみていてたまたま前日読んでいた文献を思い出した。オプティミズム(楽天主義)と疾患との関わりについて調査したその論文によると、冠動脈疾患は、楽天的な人ほどかかりにくい、という。そのなかで、楽天主義の指標となっている目安に、「自分はまだやること、やりたいことがたくさんある」「時はゆっくり過ぎていると感じる」というものがあった。

 この指標、なかなか興味深い。あなたはいかがですか? 通常、「やりたいことがいっぱいある」と「時間に追われてゆとりがない」と感じるものだし、反対に「何もやりたいことがない」と「時がなかなか過ぎずどうやって一日を過ごそうか」ともてあましてしまうもの。やりたいことがあるのに、ゆっくりと時を過ごせるなんてよほど前向きでないと難しい。

 感じ方というのはその人の個性だから無理にオプティミストになろうとしてもストレスになるだけ。むしろ、もし自分が楽天的でないなら、「私が落ち込むのは、楽天的でないたちだからだ」という客観的なとらえ方をすると深刻さに向き合う気分にワンクッション幅ができるように思う。もうひとつ、「しなくちゃいけない」という言葉を「これをしよう」というふうに意識を変えることも大切だろう。


千葉の講演会、担当の方が感動して泣いてくれました、ありがとう。



2009.11.1 sun