「ひまな人ほど忙しい」などといわれている。時間がありそうな人にかぎって忙しがっており、それを理由に何もできないものらしい。時間もものもお金もたくさんあればあるほどムダに使ってしまうからだろうか。

それではどうすれば時間を有効に使えるのだろう。
私自身が大切にしていることは、時間の量ではなく時間の質を充実させることである。同じ5分でも、心が充分満足する5分間もあるし、上の空の5分間もあるし、苦痛で長く感じる5分間もある。5分という時間は、量としては同じでも、質は全く異なるのだ。

5分間が1時間の価値がある場合もあるし、逆に1時間が5分ほどの価値しかない場合もある。同じ時間でも、充実させて心をこめて使うと短い時間の質は向上する。密度が濃い時間にかわるのである。

さて、こんな話をすると、時間を有効に使うには同時にいろいろなことを進行させるのがいい、と誤解する方がいる。いわゆる「ながら族」状態だ。

スポーツクラブで、本をひろげヘッドフォンで音楽をきき、テレビモニターで画面をチラチラながめつつトレッドミルで走っているような人、である。

同じ20分でいろいろとやっているので一見時間を有効に使っているようにはみえるものの、どれもが上の空である。運動に集中しているわけでもないし、かといって読書にも音楽にも集中していない。すべてに散漫になっており、これでは時間の質が向上したとはいえない。

たったの20分を満足のいくものにするには、ひとつひとつを大切にしながら十分味わってそれを行うことがいいのではないか、と思う。

禅僧のティック・ナット・ハンは、「歩くときには歩くことに、みかんを食べるときはみかんを食べることに集中し、ひとつひとつを大切に行動すること」が大切と書いているが、私はそうした姿勢が時間の質をたかめることとつながると考えている。

そして最もムダな時間とは何か、というとそれは、過去を後悔したり、将来の不安で心をくもらせたり、他人の悪口やうわさ話をしたり、うわさ話を書いたものを眺めたりする時間だろう。

一日のなかからこうしたムダな時間を仕分けして、今、このひとときに集中して充実させることが幸せのヒントだと思う。

(2011 婦人之友)